前回の記事でどういったきっかけで交換留学生から米大学の正規学部生へ進路変更したのかを綴りましたが、今回は私が直面した試練の数々について記していきたいと思います。
私が入学したのはラスポシータスカレッジ(Las Positas College)というコミュニティカレッジです。
観光で来る人はサンフランシスコからYosemite国立公園に向かう途中で通り過ぎたり、サンフランシスコアウトレットモールへ買い物に来る人が近くを通るでしょう。
そんな好立地な場所にある学校ですが、試練は御構い無しに降りかかってきました。
第1の試練-通学-
好立地なだけに学校周辺の家賃はもの凄く高いです。
学校周辺の家でホームステイをしている留学生もいましたが、キッチンとバスルームを家のオーナーとシェアでこの値段かという感じでした。
その為、学校周辺に住む気は元々ありませんでした。
そんな中、私が居住地に選んだのがSouth Haywardという市でサンフランシスコから車で40分、サンノゼから50分、オークランドから30分と交通に関して非常に便利な場所に位置しているのですが、家賃が驚くほど安かったのです。
学校があるLivermoreまで自転車と電車とバスで2時間かからない程度で行く事が出来ました。
試練はここからです。
午前8時からの授業を履修していた私は1時間に1本しか走ってないバスに乗る為に朝5:30に家を出なければなりませんでした。
(前の記事で記した通り、コミュニティーカレッジのスクールバスは本数が少ない)
その朝の授業の後、サッカー部の練習があり、夜の授業は21:30まで続きました。
バスが丁度出て行く時間帯に授業が終わるので、1時間待って22:30のバスで帰路につきます。
帰宅時は大体深夜を過ぎていました。
翌朝の授業は英語の壁以前に眠気との戦いでした。
辛い日はベンチでサッカーの練習までの間、仮眠を取ったりしていました。
そんな生活が学期半分まで続いた所で限界に達し、車を購入する事を決意しました。
クレイグスリストというフリーマーケットサイトで15万円の車を見つけた私は危険と知りながらも見ず知らずの人から車を購入してしまいました。
(後にこの1994年のホンダAccordは2年間故障もなく、素晴らしい走りで私の通学をサポートしてくれました)
別の記事でクレイグスリストでの車の購入や免許の取得、アメリカでの運転、レンタカーについてまとめた記事を書きたいと思います。
結果的に車を手に入れた事で通学がだいぶ楽になりましたが、賃貸物件や通学手段などは事前に調べた方がいいでしょう。
国際課のスタッフの人は学校周辺の賃貸物件には詳しいですが、その他のエリアはそのエリア内の学校の国際課に聞いてみる事をお勧めします。
賃貸物件に関してもまた別の記事でまとめさせてもらいます。
第2の試練-住まい-
上記で述べたSouth Haywardですが、やはり安さ相応の危険がありました。
家のオーナーはグアテマラ出身で4人家族で住んでいました。
部屋は少し狭かったですが2人でシェアするには問題ない広さでした。
ある日、たまたま外に出ると銃声の様な音が聞こえました。
まさかとは思いましたが警察が集まっていたので発砲があったと確信しました。
この地域は普通ではないと思い、ルームメートに相談すると、彼はドラックディーラーを何人も目撃したと教えてくれました。
この地域は危険だと分かった私達は直ぐに新しい賃貸物件を探し、荷物を詰めて、少し高かったですが学生専用のアパートに引っ越しをしました。
基本的に学生専用以外の部屋を賃貸する際はクレジットカードのクレジットの提示を求められる為、留学生が審査に通るのはほぼ稀でしょう。
学校が認知している学生専用の賃貸以外の物件は良く下調べする事をお勧めします。
特に異常に安い物件は危険です。
第3の試練-英語-
ここに来てようやく英語の壁の話題です。
1年間交換留学生として英語をアメリカで勉強していた私はある程度英語が出来る自信がありましたが、出鼻を挫いてくれたのは歴史の授業でした。
講義内容はアメリカ史の前半で、講義スタイルは先生が椅子に座り、ひたすら歴史を喋りながらその時代に何が起こったのか辿るものでした。
教授の英語はまぁ聞き取れなかったです。。。
さらに、リーディングの課題が出され、そこで初めて私は本が読めないという事に気がつきました。
思い返せば、日本語の本ですら1冊も読破したことがありませんでした。
気がつくと中間試験で成績はギリギリのD評定。
直ぐに教授に呼び出されました。
このままでは単位を落とすだろうと警告をもらった私はそこから毎週教授のオフィスに通い、図書館で分厚い歴史の教科書を何度も読みまくりました。
すると徐々に週一のクイズの成績が上がり、期末試験では満点近くの成績を取り、B評定まで巻き返す事に成功しました。
多くの人が勉強の効率化を意識しすぎて量をこなすことの大切さに気付いていない場合があります。
持論になりますが、量をこなして初めて効率が上がると思うので、特にリーディングに関しては兎に角読みまくりましょう。
第四の試練-コミュニケーション-
アメリカ人と一緒に暮らしてきた私は英語でコミュニケーションを取ることに対してあまり不安はありませんでした。
しかし、サッカー部内での会話にまぁ入っていけませんでした。。。
私のルームメートが私にどれだけ手加減してくれていたのか身に染みて分かりました。
サッカーの戦術や動きなどは周りの状況を上手く見ながらなんとかこなしていましたが、私自身からもっとこうしてほしい等の要求は90分の試合を通して皆無に等しかったです。
正直なところ、彼らのマシンガントークやスラングは今でも聞き取れないことがあります。
上達のコツは兎に角そういった単語やフレーズに出会うこと、マシンガントークの環境に徐々に慣れていく方法が有効かと思います。
机の上で勉強するよりも、多くの英語を他の人から聞きながら拾い集め、それを会話の中で自分が実際に使ってみる事で使えるフレーズを増やしていきましょう。
私の経験上、自分が使える英語はほぼ間違いなく聞こえるようになります。
いかがでしたでしょうか。
光り輝いていた夢の正規入学は蓋を開けると試練だらけでした。
しかし、壁にぶち当たる度に乗り越えることで実感する成長は大きいです。
中には耐えられず帰国してしまう人も何人も見てきました。つまり、決して楽な道のりではないということです。
乗り越えるコツとしては古臭いかもしれませんが気合と根性です!
量を制し、自分なりのやり方を見つける方が問題解決の近道になったりします。
次回はそういった根性論を題材にどの様に私が勉強をしたか綴っていきたいと思います。